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卵巣のう種になって思ったこと、言葉と病気のあれこれ

生活

友人が面白い記事をピックアップしていた。

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

 

今年の7月に婦人科に入院した。病名は卵巣のう腫。

卵巣のう種にはいくつか種類があるのだけど、

私の場合は「皮様のう種」という、卵巣の中に髪の毛や爪が

不完全にできたものが溜まって腫瘍になる病気だった。

患者数も比較的多いらしく、1週間の入院期間は

ベルトコンベアに乗せられたようにスムーズに手術や食事や点滴が進められ、

同じ病気で入院する何人かの患者さんとも仲良くなった。

 

がん検診で卵巣に腫瘍が見つかったのが今年の6月。

ネットで卵巣のう種について色々と検索した結果を加味する限り、

「3、4cmの腫瘍が見つかって婦人科に定期的に通院しながら、

5cm以上になると(茎捻転の恐れがあるので)手術」

が一般的な流れのようだった。

でも残念ながら、私の腫瘍は見つかった時点で

12.5×12.5×7cmまでに膨らみ上がっていた。

エコー検診とMRI検査の後に即手術の勧告が言い渡された。

 

つらかった手術の話はさておき、

リハビリになってから「病は気から」を感じることがあった。

私がお世話になった病院は入院日が同じ日の人たちを同じ病室に入れるシステムで、

入院の初日に4人部屋に私含め3人が入院した。

うち一人は簡単な腹腔鏡手術で済み、翌日には退院していったので、

残り5日のリハビリ期間は開腹手術をした私ともう一人で過ごすことに。

私のほうは幸いにも母が仕事を休んで上京してくれたので、

5日間のほとんどを母と色々な話をしながらリハビリを進めることができた。

術後すぐは手術の痕も痛かったし、ベッドに何十時間も横になっていたから

腰も痛いし、何日も点滴の針は繋ぎっぱなしでとにかくつらい。

けれど、母がいてくれたおかげで「5日間で歩けるようにしないと」

と前向きにリハビリを続けることができたし、退院するまでには普通に歩けるようになった。

一方、病室が同じだった女性の元には家族がほとんどお見舞いに来ていなかった。

その女性は、病室の気温ひとつでナースコールを呼んだり、

看護師さんにクレームを言うようなタイプ。

彼女は手術後の腸の動きが弱かったようでガスが出ないことに苦しんでいたし、

そのいらいらを看護師さんぶつけていたけど、

それは私が経験しなかった苦い出来事だった。

もし、彼女に適切な言葉をかける人が常に励ましてリハビリをしていれば、

早く腸の動きが良くなり彼女の回復は早まったかもしれない。

少なくとも、不快な症状のひとつは改善されたはずで、

そんなにヒステリックにならなくても済んだかもしれない。

そう思うと「病は気から」というのはあながち間違いではない気がする。

もし、私に母がいなければ、同じことで苦しめられていたかもしれないのだ。

 

卵巣のう種というのは、この21世紀において未だに「原因不明」の病気らしい。

お医者さんの話を聞く限り、腫瘍ができた時期も、

膨らみ始めた時期も、全くわからないそうだ。

ネットには「ストレスで大きくなる」と書いてあった。

だから、もしかしたら、そもそも罹患した時点で、

私は「口で言えばいいことを、体で表現」していたのかもしれない。

 

がんから認知症学習障害までまとめて「言葉を使って病気を消す」

というのはにわかに信じがたいけど、

これで飯を食っている人がいるのだから世界は広い。

そういう前向きな「言葉」の世界があることを知っているだけでも、

心が救われる人がいるに違いない。