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ロリータファッションについてあれこれ

ファッション

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写真:Shuji Moriwaki

 

10年くらい前、ロリータファッションが大好きで

BABY, THE STARS SHINE BRIGHTmetamorphoseの服を着ていた。

まだ中学生だったからアメリカ村や三宮に一人で遊びに行くことは許されず、

母や父を連れてよく行っていた。

実家がクリーニング店で「貧乏でも服は良いものを着る」というのが

家訓のような環境で育ったおかげで、たまにお年玉を叩いて

ワンピースに3万円使っても両親は許してくれた。

特に母はもともとPINK HOUSEなどを好む人だったから、

ロリータには賛成どころか大好きだったんだと思う。

KERAゴスロリバイブルを見て「若い頃にこんな雑誌があったら良かった」

という旨の発言をしていたように記憶している。

 

ロリータは着ているだけで勉強になることがとても多かった。

まず初めに、私は「周りに見られる」という圧倒的事実を覚えた。

ここで浴びるのは

「周りの人がちらっと一瞬こっちを向いて何事もなく過ぎ去る」目線。

たまに車いすで生活している人などが苦言を呈するタイプの眼差しだ。

街中でロリータを見たことがある人ならわかると思うけど、

ほんとうにあの服装は「違和感」の塊だ。

だから、分からないこともなかったけど...それでもやっぱり、

はっきり言って嫌な気持ちしかしない。

この目線に「普通の人」ってこんなに簡単に敵意をむき出しにするものなんだな、

と最初はびっくりしていた。

初めのうちはそんな感じで人の好奇の目に晒されてることがあまりにもむずがゆくて

着ること自体が嫌になった時期もあったのだけど、

これにはしばらくすると慣れていった。

知り合いに変な目で見られるのも恥ずかしくて中学生のころは

心斎橋などの知り合いに会わなさそうなところばかりで着ていたのが、

高校生になると堂々とロリータファッションで学校の周りのゲームセンターで

プリクラを撮るまでになっていた。

 

それから、趣味が同じ人とネットで知り合ってオフ会にも出かけるようになった。

周りにロリータを着ている同世代の子はいなかったから、ネットで

該当する女の子を探して、仲良くなって一緒にお茶したり買い物に行ったりした。

 そのときに知り合ったちょっと年上の女の子からメイクの方法を教わったり、

同級生からコーディネートのアドバイスをもらったり、

今でも参考になるなあと思えることをいろいろ教えてもらった。

みんな疎遠になってしまったので、もはやいま何をやっているかは知らないのだけど、

元気でやっていると良いなあ。

しかしいま思えば、ロリータファッションの中学生がネットで

知り合った人に会いに行くというのはかなりリスキー。

何事もなくて良かった。将来の子どもにはおすすめしない。

 

今となってはロリータを着ることはほとんどなくなってしまったのだけど、

それでも大事なワンピースはまだ持っているし、

なくなく手放したジャンパースカートなどもディテールはよく覚えている。

 

たまに街でロリータファッションの女の子に出くわすと、無性に応援したくなる。

彼女たちはただ他の人と同じように自分の好きな服を着ているだけなのだが、

私から見ると「戦っている」ように見えるのだ。何と?

それは、勉強と、両親と、学校と、同級生と、金銭と、仕事と。人によって違う。

それらと戦っていない人はロリータに限らず世の中にいないと思うけど、

彼女らは服装というアイデンティティを駆使してそれを具現化しているのだと思う。

「可愛いから着てるだけ」という気持ちだけでは続けられないファッションだから。