何もしたくない

何にもやりたくないんだな、と最近気がついた。

 

学生の頃は平日は授業にサークル土日はアルバイトと勉強の生活だった。

友人もそれなりにいたので飲み会が入ることもしばしばあったし、

ぽっと日曜日が空くと美術館やお芝居のチケットを取って観に行った。

長期休みになると2週間以上連勤の派遣のバイト、旅行、帰省、サークル合宿...。

恋人がいたときはデートもしなくてはならなかったし、

相手を泊めちゃうとうまく眠れなくて次の日は使いものにならなかった。

4年生からは研究生活が始まったから、年末年始を除いてほとんど研究室。

それでも土日は朝から夜までアルバイトをしていた。

結局大学生だった4年間、院生の1年間はほとんど休んだ記憶がない。

田舎から出てきたから「東京にいるのに何もしないのはもったいない」

という気持ちもあったし、なにより生活費の確保に奔走していた。

就職活動が終わってからバイトも再開できない「空きの日」ができたのだけど、

その間も何かやらねばとTOEICの参考書片手に図書館にこもったりしていた。

それからしばらくして入院した。

 

入院してからはいろんな人に「休め」と言われ、

退院のあともずっとアパートの自室に1人でこもる生活を1週間ほど続けた。

というか、退院してからすぐは熱を出したり咳が止まらなかったり吐き気がしたり、

ありとあらゆる体調不良に見舞われて、外に出れなかった。

そうやって強制的に「何もしない」生活をしていると、何かに蝕まれるように、

徐々に、本当の意味で「何もしなく」なった。

退院してから平日の研究室への復帰はあっという間だったけど、

土日は動く体力がなくなった。

体調の良し悪しに関わらず、休日はお昼前に起きてご飯だけ買って、

夜になるのを待つだけの生活をしている。

今は映画1本見るのにもかなり体力を使っている。

 

こんな状態になってぼーっとSNSを見ていると、

高校や大学で同級生だった友人が仕事に研究に学会発表に誕生日会にライブに...

とせっせと活動しているのがまるで別の世界の出来事に見える。

これまでなら無意識のうちに「いいね」をつけていた投稿も

目の前をただ素通りしていく。

それで、気がついた。

 

私の中から羨望の感情が消えている。

 

これまでは友人が何かの大会で賞をとった、海外旅行に行った、有名人に会った、

◯◯を買った、結婚した、子供ができた、、、その何もかもが羨ましかった。

それは彼ら(彼女ら)が私には得られない幸福をつかんでいるからだ。

私もその中に入りたくて、自分にしかない特別な体験をしようと

ずっともがき続けていた。

これは「嫉妬」というより「憧れ」に近い感情だったと思う。

この感情をポジティブなアクションへと変換できるように努力していた。

 

でも、なぜか、今になってそんな気持ちが何ひとつ無くなってしまった。

同級生が私が落ちた会社に受かっても、諦めた海外発表に行っても、

悔しいから自分も頑張ろうと思わなくなった。

ただ、今は「何もしたくない」。

むしろ、入院を言い訳に「何もしない」状態に落とし込めたことが

私のあるべき状態なのだったのではないかと思う。

 

来年の3月までは必要最低限、修士論文の作成だけしておけばいい。

あとは本当に何もしたくない。